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    <title>北海道　江別市　フォトギャラリー　写真　白鳥</title>
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    <description>いしもり　フォトコレクション</description>
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      <title>北海道　江別市　フォトギャラリー　写真　白鳥</title>
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      <title>２００８年も終わる</title>
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      <description>　   　２００８年も終わる   


　 ２００８年も残り一日となった、色んな事がありました、反省する事ばかりです。２００５年３月にブログをスタートさせ、徒然なるがままに今日まで遣ってこれたのも皆様の応援があったればこそと感謝しています。

　今となっては感傷にばかり浸って居れない、今の体力を維持しながら若い人には負けないように頑張りたい。と言っても、歳が歳だけに何処まで頑張れるか不安材料がいっぱいある。インターネットの速い流れに何処まで着いて行けるか心配である。

　とりあえず気張らず、ブログを見てくださる皆様を大切にして行きたい。

　最後の一日は、パソコンから離れ紅白歌合戦の勝敗を楽しみたい。

　皆さん、来年も「写真日記」を見てくださると大変嬉しいです。私生活も写真撮影も来年も変らず遣って行けると思います。 

　 皆さん来年も好い年であります様に 



:-)</description>
      <pubDate>Tue, 30 Dec 2008 05:23:01 +0900</pubDate>
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      <title>五月晴れ</title>
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      <description>   五月晴れ   


　 数日前の写真日記に「五月晴れ」のタイトルでプラタナスの写真を貼り付けた。気がつくと本来は五月晴れと言うと内地で云う梅雨時の貴重な晴れ間をさして云う表現なので、自分ながら間違った使い方をしたと思った。

　旧暦の５月は、新暦では６月か７月に当るので、梅雨の無い北海道では５月でも６月でも「五月晴れ」は、爽やかな晴れた日の代名詞になっていると思っていた。

　言葉は生き物と言われている。「五月晴れ」は今では新暦の５月、即ち６月の晴天の意味に使われている。国語の辞典にも本来の「梅雨晴れ」の意味とともに６月の晴天の意味としても載っている。「風薫る５月、爽やかな五月晴れ」という言葉を良く聞く。本や新聞などでも使われている。

　併し私は旧暦の５月と新暦の５月の気候の違いを無視して使われている事に矛盾を感じる。写真をするものにしてみると、日本的な文化と自然の有様を正しく理解したうえで撮影を続けたい。
　歴史的な行事や風習を、何でもかも旧暦の習わしで行う事も無いし、四季や気候に関係有ることなら、新しいイメージを取り入れて行うのもよいと思っている。

　近年は年間の祝日や休みの日が多くなった、ところが旗日といわれた昔の祝日のイメージとは異なるものを感じる。其れに併せて一般の家庭の玄関には日の丸の国旗が掲揚されなくなった。たまに忘れた頃何処かの庭先で見かける事が有る。要するに祝日でなく休養的なレジヤー休日に変わってしまった訳です。 




 :-)</description>
      <pubDate>Thu,  5 Jun 2008 09:38:43 +0900</pubDate>
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      <title>フィルムからデジタルに代えて</title>
      <link>http://isimori.gallery-i.net/modules/weblog/details.php?blog_id=698</link>
      <description>   フィルムからデジタルに代えて   


 デジタルに代えてから使わなくなったカメラ機材は数ある。其のなかに単体の露出計があり色々と想い出が蘇ってくる。

　いま使っているデジカメは、シャッターを切ったあと、どの様に写っているかカメラの液晶画面で確認できる、露出がアンダーであろうとオーバーで有ろうと露出を設定し直してもう一度写せばよい。

　最近、昔の仲間と一緒に長沼方面へ融雪剤散布を撮りに出掛けた。彼はニコンのＦＭを私はＤ７０Ｓを携行した。撮影中にＦＭのファインダーを覗かせてもらったが、いいんだよなー此れが。

　写友は時折バッグからセコニックの単体露出計を取り出し難しい雪原の露出値を決めていた。一見して嫌味にも見えるが、露出計を使って露出数値を決めている姿を見てある種の緊張感が見えてきた。私も昔は、こうやって写真を写していたことを思い出した。

私も彼を真似て暫らくの間デジタルとフィルムを併用しようかなと思った。でも出掛ける時に機材が増えて体に負担がかかり体力が持つかどうか心配である。バッグの重さに耐えかねてデジタルだけになるか、フィルムの良さを再確認してデジタルを止めるか何とも言えない。

　しかしブログを続けて行くにはデジタルが本命で、フイルムだとフイィルム代や撮影後の現像代の事を考えると、現段階では矢張りパソコンに頼り時代の恩恵に縋るより仕方ない気がする。 




:-)</description>
      <pubDate>Mon, 17 Mar 2008 05:38:56 +0900</pubDate>
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        <item>
      <title>幾つになっても男は男</title>
      <link>http://isimori.gallery-i.net/modules/weblog/details.php?blog_id=697</link>
      <description>   幾つになっても男は男   


 同じ団地に住んでいる８８歳になる老紳士が息子さんに付き添われて市内の病院に入院された。
　息子さんは６３歳になる、写真を趣味とされ奥さんと共に父親の面倒を見ている。写真の腕前はプロ裸足の腕前で、私とは写真クラブ以来のお付き合いである。

　彼の父である老紳士は、たいへん元気で見た目では本当にお若い。とても感じの好いお爺さんと言った方である。其のお元気なお爺さんが何の病気で入院されたのか不思議でならなかった。

　息子さんの言うには、抱○○のオペをするのだと言う。しかし亦なんで８８歳になって急に抱○○のオペをと思う。もし奥さんが存命でお元気だったら何と仰っただろうと心のなかで苦笑してしまった。

　この手術は大変痛みを伴うと聞いている、麻酔をかけての手術であろうが高齢の方が何か困った事態に陥っていると言うなら未だしも、不都合は一切無いと言うのに、じゃ何で今更・・？。

　処が以外に早くオペの真相が分かった。
　お爺さんの言い分は「若しも私が寝たきりになり下の介護を受けるようになり、トイレも自分で行けなくなり、オムツの世話になる様になると、面倒をかけるのは息子の嫁さんでだろう、そんなとき、嫁さんに抱○○がばれたら恥かしいじゃないか、だからばれない様に元気なうちに手術しておこうと思った」と息子さんが話してくれた。勿論のこと嫁さんにはオペの真相は語る由も無い。

　息子さんは続けて、話してくれた「父は嫁さんには恥かしいと思っているが母へはどのように対処していたのだろうか、その辺が理解できないが、父のプライドとしかいえないね」と。

　男は幾つになってもプライドを持ち続けるものですね。幾つになっても男は男、流石ですね。 





:-o</description>
      <pubDate>Sat,  9 Feb 2008 07:05:24 +0900</pubDate>
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      <title>惣領の甚六</title>
      <link>http://isimori.gallery-i.net/modules/weblog/details.php?blog_id=696</link>
      <description>   惣領の甚六   


 一月の撮影は殆どが雪景色である。楽しい季節とはいえないが美しい雪景色を探して早朝から出掛けている。他にも訳ありで嫌な事から逃れるためでもある。

　若い頃、他人に「惣領の甚六」と言われたものである。齢７８になっても在り様は替わっていないようだ。私は一家の長男でありながら早くから家を棄て彼方此方と渡り歩いた。その為か日本中の風景や人の暮らしぶりを身につける事が出来て写真に活かされていると自分では思っている。
　処が惣領と言われるとおりに愚かなで鈍間で他人に迷惑ばかり掛けているのである。写真には余り関係ないかもしれないが大寒の日に殊更、思いに耽っている。

　それにしても寒い毎日です。ある人は小寒から１５日間を小寒と呼ぶ人もいるが、大寒も小寒も二十四節季の一つですから其の一日が大寒、小寒なのです。
　寒の内の被写体は大半が雪景色です。何処か厳しい被写体ばかりを撮り歩いているようですが、なかには心温まる被写体もあります「雪花」「雪衾」「綿帽子」「冠雪」「雪紐」「雪持ち」などです。〆には「六花」といったロマンチックな被写体もあり、寒さを耐え忍んで写しを楽しんでいます。




:-)  </description>
      <pubDate>Tue, 22 Jan 2008 07:11:46 +0900</pubDate>
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      <title>今年も暮れる</title>
      <link>http://isimori.gallery-i.net/modules/weblog/details.php?blog_id=695</link>
      <description>   今年も暮れる   


 先日、高等科時代の同窓会を札幌のホテルで行った。六人が集まり楽しかった。

　お互いに顔を見合わせ「あの頃のガキ大将ばかりの集まりになったな」と肩をたたき合って笑った。私以外の誰を見ても若々しく元気で当時の面影を持ち合わせていた。

　「流石だな」と思ったのは、会費を集める時である、恵庭のＫが幹事で私も手伝った。会費が六千円のため釣銭を用意していた。処が殆ど其の必要が無かった。一人ひとりがきちんと六千円出してくれた。「釣りが無いと困るだろう」と皆が見通していたのだ。

　齢七十七にもなると其の位の配慮が当然と言えばそうなのだが、過日、写真クラブの忘年会で三千円の会費にもかかわらず平気で一万円札を出す人が幾人もいた。其の度に七千円のお釣りを返していたらお釣銭が直ぐに無くなってしまう。会費は最初から決まっているのであるから小銭を用意するのが大人の常識と言うものではないだろうか。

　最近、色んな所で相手の立場になって考える難しさを痛感する。他人は誰でも自分が一番と考えているし、欲望は果てしない。足るを知り他人を受け入れる事を先ず考える事を、今回の釣銭で思い知った。 




:-)</description>
      <pubDate>Sat, 29 Dec 2007 15:04:40 +0900</pubDate>
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      <title>夫在宅不在宅症候群</title>
      <link>http://isimori.gallery-i.net/modules/weblog/details.php?blog_id=694</link>
      <description>   夫在宅不在宅症候群   


 江別へ来て間もなくの事ですが、亡くなったカミサンは、私が家でぶらぶらしている時や、車で写しに出かけている時にも、苛立っていたらしい。無事帰宅したときでも碌に口も聞かない有様だ。
　今考えてみると「夫在宅不在宅症候群」に掛かっていたようだ。

　如何してか聞いてみた事が有る「毎日家でぶらぶらされているのも紛らわしいし、可と言って車で出かけて写真を撮りに行かれても心配でならない」と言っていた。実際に川に滑り落ちそうになったことや、森の中で転んで脚を捻挫したこともある。心配してくれるのは有り難いが、家でゴロゴロしていて当惑されるのには納得できなかった。

　その頃、携帯電話を持つように執拗に言われた事がある。私は口癖のように毎月の使用料が千円以内になったら買うよ、と言い逃れをして月日が過ぎた。カミサンが死ぬまで携帯電話の話題には触れないよう決め込んでいた。　カミサンは時には携帯電話会社のセールスを呼びつけて機種を選ぶように私に迫った。確かセルラーの会社だったように記憶している。この時ばかり私が携帯電話症候群に掛かってしまった。

　あれから１６年が過ぎた。今でも私は携帯は持たない。カミサンのストレス症候群を懐かしむ訳ではないが、携帯の便利さを含めて、何か現代の老人不在の技術革新が気に入らない。 




  :-o</description>
      <pubDate>Wed, 12 Dec 2007 03:49:57 +0900</pubDate>
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      <title>初雪の撮影</title>
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      <description>   初雪の撮影   


　 　この原稿は１１月の始めに用意したもので、少し時期外れですが書き込みます。

　冬の到来をイメージしながら、写しに出かける昨日今日です。なかなか上手く取れない、秋の名残を伝えようと絵柄を考えながらの撮影ですが、降り積もって冬景色にならないうちにと褪せるばかりです。初雪の景色は何処かハッキリしない曖昧なイメージが強いものです。

　些か抽象的かもしれないが、中途半端で物足りなさがチラホラ見え隠れする位の表現が丁度良いような考えで写しています。しかし、絵柄の着眼点や構図が明確でなければ、写真の完成度が劣ってしまう事に注意しなければならない。

　初雪の撮影は感覚的なイメージを漂わす表現が多く用いられる。写真の表現としては難しい部類だろう。具体的に云えば地面に積雪が無いが、雪の舞う情景であれば初雪の訪れを感じさせられる。落ち葉と初雪であれば、薄らと雪が積もる様子が良く、落ち葉の色や形が見え隠れする存在感がポイントになります。

　問題は初雪の存在感を表す露出設定である。難しいが画面に絞める雪の割合にあると思う。雪の撮影はプラス露出補正が不可欠と言う考えは以外に露出ミスを誘発してしまう。雪以外の部分は暗く沈んだ色の部分が多い、この様なときはマイナス側に決めて段階補正も有りうる。

　初雪は直ぐ解けてしまう事が意外に多くタイミングを掴む事が難しく天気予報に頼らざるを得ない。併し予報を当てにして出かけるとタイミングよくベストシーンに遭遇する事は確率が低い。それだけに事前の情報収集が大切である。

　簡単で難しいのが雪の撮影である。雪景色の絵柄のバリエーションは撮影地によって違い、景色を撰ぶ余裕も無いままに時間が過ぎてしまう。遭遇した場所で撮らなければならないことが多い、撮影者が背負った宿命である。この様なとき私も一時的にパニック状態になる事がある。

　晩秋の気配が残る僅かな時だからこそ、よい被写体を探し出したいものです。 



 :-)</description>
      <pubDate>Fri,  7 Dec 2007 07:15:46 +0900</pubDate>
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      <title>餅は餅屋</title>
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      <description>   餅は餅屋   


 最近ではスーパーへ行くと、切り餅パック入りの○○○の切り餅が何時でも買える。聞く所によると○○○の切り餅はキララを使って道内で作られていると言う。他のメーカーからも国内産米１００パーセント使って良質の切り餅が出回っている。

　昔は正月か祝い事でもなければ搗いた餅を食べる事が出来なかった。だから餅は目出度い時しか食べる事が出来ないものと大人になるま思っていた。

　私は汁粉が大好きである。切り餅が何時でも有るから、味つきの小豆の缶詰を買ってきて即席で作って食べている。大福も好きで以前はコンビニで買い物をするとレジの脇に大福餅が置いてあると衝動買いしてしまう事があった。最近では大福に替わって肉まん、あんまん、ピザまん等がスチーマーに入って売られているから、何時でも熱々の饅頭が食べられる時代である。

　女性の奇麗な肌をモチ肌と言う。反対にサメ肌と言う表現も有る。職場で隣りにモチ肌の奇麗な女の子が居るのは気持ちの良いもので、毎日の仕事が楽しい。

　年末が近付くと宝クジ売る場には長い列が出来る。縁起を担いで五円玉をポケットに捩じ込んで売り場に並ぶ。年末宝くじの当りを夢見て“大福”となす為にバクチ紛いに運を天に祈るのが若い頃の私であった。

　最近ではバクチを天に任せるような行為はしなくなったが、其れに近いような行いが有るやも知れない。チョッピリ寂しい気持ちである。人間も地道に遣っていると偶には良い事が在るもので、先日友人に頼まれて集合写真を撮った。自分でも割合と良く撮れたと思っていたら、友人が見て「さすが餅は餅屋ですね」と言ってくれた。
　己が写真の道を歩んでいて、何時かはプロフェショナルに近付きたいと思っていた矢先の事で、友人の「さすが餅は餅屋」の言葉で少しは適えられた様な思いがした。 




:-)</description>
      <pubDate>Thu, 22 Nov 2007 06:55:48 +0900</pubDate>
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      <title>デジタルで感動を伝える紅葉写真</title>
      <link>http://isimori.gallery-i.net/modules/weblog/details.php?blog_id=691</link>
      <description>   デジタルで感動を伝える紅葉写真 

   フィルムカメラもデジタルカメラでも、良い構図に適正な露出であれば誰でもが、有る程度は撮れるのですが、印象に残る写真となると少し話が違う。写真はプリントして初めて作品として位置づけられると思う。

　フィルムカメラで撮ったスライドも、デジタルカメラで撮ったデータも素材に過ぎません。写真も料理と同じで、悪い素材からは美味しいご馳走は出来ないと言う考えで私は撮影現場に臨んでいます。写すときフレーミングも露出も撮影現場で決めています。特に紅葉のような色を窮める被写体の場合は、この方針を貫いています。

　従ってデジタルを始めてからは紅葉の撮影は、トリミングを前提とした少し広めに撮って置くというような事はしません。露出はノーマルからプラス側に０,３ステップで６カットは撮るようにしています。集中力が散漫にならないように注意し、もちろん三脚を使います。

　こうして撮った写真は、素材がよければ調味料（フォトレタッチ）は差ほど必要としません。併し銀塩プリントで遣っている濃度調整や色味の補正は必要に応じて行っています。

　モノクロ画像が味わいのある映像であり、ラチュウドが低いフィルム写真が写真をシンプルにして、印象に残る写真を作り出しますが、フィルムとデジタルではプリントの方法が違っています。フィルム写真プリントはシアン、マゼンタ、イエロウの三色で再現します、私のインクジェットのプリントは８色です。表現できる色域が広いほど良いのですが、紅葉写真は彩度を高める事だけを考えていると、ケバケバしいデジタルプリント特有の仕上がりになってしまいます。この様なデジタルプリントを見て銀塩写真を見慣れた人はデジタルプリントに違和感を抱きます。

　デジタル写真は、従来のフィルム写真で表現し得なかったレベルの高い作品を創り出すことを可能にしました。だからこそ、フィルム写真の表現を踏襲しながらデジタルの新しい世界を創り出したいと思っています。 




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      <pubDate>Sun, 28 Oct 2007 21:14:44 +0900</pubDate>
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